お金と世相

昭和29年、街頭テレビは100台を越え、力道山が大スターになっていました。シャープ兄弟を打ちのめし、ライバルの木村政彦との宿敵の対決にも勝利をおさめ、全国民のヒーローとなっていました。古橋広之進と湯川秀樹時代にはなかったテレビ中継というメディアによってプロレスは熱い時間を日本人に提供していました。テレビは写実性と速報性、そして同時性という特徴で国民生活の中にとけこみ、生活の一部となっていました。年明け早々の1月2日皇居参賀の際死者16人重軽傷者60余名を出した二重橋事件はヘリコプターにより、9月26日の洞爺丸沈没では空撮フィルムによって生々しい映像を視聴者に届けました。ビキニの水爆実験で被災した第5福竜丸乗組員、久保山愛吉さんの死去は、原水爆禁止運動をスタートさせるだけの危機感を与えましたが、もう一つ政財官界を大きく揺るがすお金をめぐった造船疑獄事件は国民をあきれさせてしまいました。街の高利貸業者のメモから端を発したこの事件は、造船会社からのお金が自由党幹事長佐藤栄作や池田勇人にまで渡ったとされ、逮捕を免れるための指揮権発動に至りました。この事件にもミス日本2位から芸者に転じた秀駒がからみ、昭電疑獄をほうふつとさせました。外出や宗教、結婚の自由を求めた近江絹糸労組の人権ストライキは世論が支持して妥結に持ち込まれましたが、お金をめぐった世情騒然の中で吉田茂が退陣し昭和20年代は幕を閉じました。

田舎暮らし

お金・田舎暮らし・住まい

田舎暮らしをして良かったと思える理由の第一は、生まれ育った異なる地域の人達と交流できることです。その土地や地域によっての冠婚葬祭の違いもあり、人々の交流も楽しいものです。第二はやはり自然の美しさです。出かけるところは無数にあり、林間を歩き回る楽しみは格別です。第三に野菜を中心とする食材の新鮮さと価格の安さです。都会暮らしほど食生活にお金がかからず、食生活で不自由することはまったくありません。お金や家計にもゆとりがでてきます。しかし、良い事ばかりではなく、厳しい現実もあります。まず冬の生活の厳しさがあります。田舎暮しは山里の場合が多い為に、冬では住まいの中でも氷点下になることが珍しくありません。間取りの大きい住まいの場合はよけいに寒さが堪えます。それに大型のスーパーや病院がだいぶ離れた場所にあることです。育児にお金や手のかかる子供がいる場合や生活習慣病や健康を害している人には致命的です。自然に恵まれた田舎暮らしをできる場所は人口減少地域であり、現状よりも便利な生活ができることは期待できません。田舎暮らしは車が運転できることが絶対条件であり、高齢者となったときのお金を含めて生活をどうするかを考える必要がでてきます。

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